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元山掃海作業

日本掃海隊は10月10日に元山沖に到着した。10月12日午前から掃海作業に着手し、眼前でアメリカ軍の掃海艇2隻が触雷によって沈没する光景を目撃しつつも、3個の機雷を処分する。国連軍のアメリカ艦隊の陸上砲撃のため10月16日まで掃海作業は中断され、再開された10月17日に日本の掃海艇のMS14号が触雷により沈没し、行方不明者1名(烹炊長中谷坂太郎)及び重軽傷者18名を出した。

触雷を回避するために日本隊は前進任務部隊指揮官スミスアメリカ海軍少将に作業手順の改善を要求した。喫水の浅い小型艇が先行して海面近くの機雷を掃海した後、掃海艇が進む方式を採るよう求めたのだ。しかしスミス少将からの「指示に従わねば砲撃も辞さない」旨の指示を受け(解雇/fireを砲撃と誤訳した説あり)、能瀬隊のMS3隻は日本帰投を決定する。能瀬隊は10月20日に下関に到着した。

10月20日に石飛隊のMS5隻は元山沖に到着し、同地に残存していたPS3隻を同隊に編入して掃海作業を行う。結局、元山における日本特別掃海隊は、10月10日から12月4日までの掃海作業において、能勢隊が処分した3個を含め計8個の機雷を処分する成果を挙げた。
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仁川掃海作業
10月7日に下関を出港した山上隊は10日に仁川港外に到着し、掃海作業を行う。同隊は11月1日に海州を出発し、3日に下関に帰投した。
鎮南浦掃海作業
11月7日に、国連軍鎮南浦掃海任務隊(アーチャーアメリカ海軍中佐)に、日本の石野隊が加わる。鎮南浦における第2掃海隊は2個の機雷を処分する成果を挙げる。石野隊は中国人民志願軍の侵攻間際まで活動を続けた。

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2009年11月10日 15:13に投稿されたエントリーのページです。

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